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2年間

Category : リレーコラム
こんばんは。

わたし、わたしまです(小学生くらいから同じネタを使っているが常にややうけにすら達さないです)

はい、いよいよ始まりましたね。ゼミブログですよ。ワッホーイ。みんなこれを待っていた。

むせび泣くおじいちゃんも笑うよ!「わしはブログよりもドブロクがええなぁ(ニッコリ)」



・・なんてテンション高く始めてみたものの、正直、素直に、はっきり晴れやかに申し上げて、緊張しています。

今キーボードを叩く手は水をぶるっと飛ばす犬よろしくぶるんぶるん震えております。

なにを書けばいいのか・・・ああ



お、落ち着くのだ! へい! ぺったん ぺったん



・・・もちついてもうたー。




 さて、記念すべき第一回目のお題は能動的二年間にちなんで、「二年間」でございます。

以下では二年間というお題と結びつけ「時間」についての私なりの考えと本を二冊紹介させて頂きます。

 


 そもそも二年間って何なのでしょうか?

十八歳は二十歳になり、赤ちゃんは体重が四倍になり、ハンター×ハンターは連載と休載を繰り返します。

今から二年後、2014年5月14日、私は普通に進むことができれば、社会人一年目です。

・・・二年かぁ、あっという間だなぁ(遠い目)



ちょいと待っておくんなし。そんな単純なものでありんすか、二年間って!

八回の内の二回、二十回の内の二回、九十回の内の二回、

それぞれ二回の重み、回を年にすると、二年の重みが違いませんか? 












時間ってホントに数値でサクッとパキッと区切れるほど単純なのでしょうか?

今の社会を成り立たせ、その中で生きていくには、数値化された時間の概念は不可欠です。

だけどもだっけど、

自分の中に流れる時間と社会システムとして数値化された時間は別のものではないでしょうか? 

例えば、楽しい時は短く、つまらないときは長く時間を感じるという誰しもが感じたことのあるあの感覚です。




こんな風に、時間とは何じゃらほいと私はずっと気になっておりました。

そんな時、宮沢賢治著:「風の又三郎」と、

片山恭一著:「どこへ向かって死ぬか 森有正と生きまどう私たち」

という二冊の本を最近出来たばかりの図書館から借りました。

その中から、私が時間について考える際に大きなヒントになった箇所があるので紹介させて下さい。

 


 風の又三郎という短編集のある短編に登場するくもは、くも暦三千八百年5月に死んだという描写があります。

くもには、人間などとは関係ないくもの世界の時間が流れていることが暗示されているようです。

拡大解釈すると、個人の中それぞれに流れる時間は違うという意味として取れませんか?

・・・私はそう取ります(笑)



もう一つ、後者では

「僕にとっての最大の拠りどころは自分の中に自分の時間が流れはじめたことである」

という一文があります。

皆さん、この一文どう思います? すごーく大切なことを言っていると思いませんか?

今度良かったら意見聞かせてくださいな。








さあさあ 最終コーナーに差し掛かりました!ゴールは見えています!






私たちは能動的な何を過ごす予定ですか?

はーい、二年間でーす。 

                




                  クライマックス


その二年間を、ただ数値化された時間の塊としてではなく、私たち一人一人の内側に流れる時間


として捉え、自分の時間がみんなと一緒に流れているという感覚を大切にして、


全力できんちゃん走りしていきませんか?


これが言いたかったのです! 長い道のりだった・・・。

長文駄文にお付き合いいただき本当にありがとうございました。

次回は原田さんです! お題は「風」でお願いします 期待しています キラッ
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