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【第10回】少年合唱団

Category : 卒論日記
第10回の卒論日記は、中尾が担当いたします。


私の現時点での卒論のタイトルは、「日本において、海外の少年合唱団がどのようなメディアに受容されているか~1964年の『ウィーン少年合唱団』と2005年の『LIBERA』を中心に~」です。


仮説は、
●海外の「少年合唱団」が日本で注目されるきっかけが2点挙げられるのではないか
・映画等、映像系メディアがきっかけになりやすいのではないか
・注目を浴びた後は、雑誌等、紙のメディアがファンに「少年合唱団」の情報を提供する存在になるのではないか
●過去と現在の雑誌掲載内容に違いがあるのではないか
です。



まず、比較対象にしている「ウィーン少年合唱団」と「リベラ」について簡単に説明します。

「ウィーン少年合唱団」は、ご存知の方も多いと思います。
オーストリアの少年合唱団で、制服のセーラー服姿が有名なのではないでしょうか。
春になると来日し、日本の音楽番組やCMでも歌声を披露しています。

「LIBERA」(リベラ)はイギリスのボーイズヴォーカルグループです。
大きなフード付きの白い衣装を着て舞台に立ち、ウィーン少年合唱団と似て、少年達で構成されているグループです。
名前を聞いてピンと来ない方でも、VIERAのCMや浅田真央選手のExhibition曲、感動系の映像やきれいな風景の映像でよく楽曲が使われているため、意外と耳にしたことがある方が多いのではないでしょうか。

彼方の光」は、NHKドラマ「氷壁」の主題歌として使われていました。(Youtubeから)

本論では、この2つの少年合唱団を扱います。




私がこのテーマを選んだのは、単純に好きだからです。
好きなことを卒論で調べられるのは本当に幸せだなあと最近しみじみ思います。

中学時代にリベラをあるサイトさんの日記で知り、試聴して気に入ったので通販でポチりました。
来日するということでみなとみらいホールへ行き、感動のままホールを出ると、TV局のインタビューにあいました。
「どうでしたか?」「リベラのどんな所が魅力ですか?」「メンバーの中で誰が好きですか?」等の質問を受け、もしやこれは私のTVデビュー…?!とドキドキしながら放送を見ました。
1秒も使われていませんでした。


その時の放送でリベラは「謎のイケメン集団?!」というタイトルで紹介されていました。
少年合唱団=歌が評価されていると思っていた私は、彼らがビジュアルに着目して紹介されるとは全く思いもよらなくて、イケメン集団…?!と衝撃を受けました(みんなかわいいんですけど!かわいいんですけども!)。

そこから、「海外の少年合唱団が日本のメディアで紹介される時は、どういう風に紹介されるんだろう」という事に興味を持ち始めました。



リベラは1990年代後半に活動を始めたグループです(前身にあたる合唱団はもっと歴史があります)。
初来日は2005年です。
もっと前に来日しているグループはいるかなと調べてみたら、ウィーン少年合唱団が1955年に初来日していました。
リベラより50年も前に来日しています。私が調べた主な少年合唱団の中では、一番早い初来日公演でした。

ダンスマガジン編「少年合唱団」(この本には少年合唱団入門者だった当時の私にはバイブルでした)という本の増山法恵さんの文に、『少女フレンド』で連載があったという記述があるのを見つけ、50年の開きがある、ウィーン少年合唱団の1960年頃の雑誌掲載とリベラの近年の雑誌掲載を比較したら、「日本において、海外の少年合唱団がどのように受容されているのか」わかるのではないかと考え、テーマを設定しました。




本論では、以下の4点について調査、考察します。

(1)「どの様に日本に入ってきたのか。」
公演から入ってきたのか、映画等の音楽やテーマとして入ってきたのかを調べます。
初来日公演は外交関係にも関連があったのか調査したかったのですが、ここは調査に行き詰まったのでカットする予定です…。

(2)「何をきっかけに注目を浴びたのか。」
きっかけになった作品、または公演の背景にどの様な理由があるのか。
当時の雑誌等を用いての検証は、次項で行います。

(3)「注目を浴びた際、どの様な日本のメディアに載り、どの様な内容が載っていたのか。」
紙媒体に雑誌、新聞を、映像媒体にTVドラマ、TVCM、映画でどのメディアに載ったのか、それがどの様な内容だったのかを、それぞれが注目を浴びたと考えられる年を中心に、メディアごとに調査してまとめます。

(4)「過去と現在では、受容のされ方に違いはあるのか。」
以上の3点をもとに、過去と現在にはどの様な違いがあるのかを比較分析します。



現在は(3)の作業中です。
どの雑誌をどの期間範囲設定で調べるか悩んだこともあり、ここに着手するのが遅くなってしまい、時間がなくて焦っています…。


その為、進行状況により調査対象を紙媒体に絞り、
「日本において、海外の少年合唱団がどの様に受容されているか~1964年の『ウィーン少年合唱団』と2005年の『LIBERA』の紙媒体掲載を中心に~」に変更するかもしれません。


あと当初の予定では、少女漫画と少年合唱団の関係性も調べたいなと考えていましたが、時間の都合で今回は扱わないことにしました…卒論は計画的に…。

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現時点で分かっていることを以下にまとめます。

(1)「どの様に日本に入ってきたのか。」
ウィーン少年合唱団もリベラも、初来日公演より先に「出演した映画」「ドラマ主題歌」が放映されていました。

(2)「何をきっかけに注目を浴びたのか。」
「少年合唱団」の増山さんの文によると、ウィーン少年合唱団が注目を浴びたのは、1963年の「青きドナウ」という映画がきっかけとあります。
リベラが注目を浴びた機会は2度あると考えられ、アルバムCD「フリー」が発売された2005年と、2006年のNHKドラマ「氷壁」が放送された時だと考えています。

(3)「注目を浴びた際、どの様な日本のメディアに載り、どの様な内容が載っていたのか。」
少女フレンドでウィーン少年合唱団についての掲載を調べたところ、1963年~65年の間では、1964年が突出して掲載数が多いと分かりました。
これは、「少年合唱団」の増山法恵さんの文にある「1964年の新春「ウィーン少年合唱団」が来日し、その爆発的な人気が日本中を席巻した。」事の裏付けになると考えています。



これ以降もしっかり『少女フレンド』でウィーン少年合唱団についての掲載の有無、掲載内容を調べ、プラス音楽雑誌として『音楽の友』も調べたいと…調べねばと…時間と闘いながら進めたいと思っています。
リベラのことも時間と闘いながら調べ…調べます…!


なので、ウィーン少年合唱団に関しては『少女フレンド』『音楽の友』、
リベラに関しては『CHOPIN』を雑誌掲載の有無、内容調査として扱う予定です。
『音楽の友』『CHOPIN』はそれぞれウィーン少年合唱団、リベラの写真集を出版した出版社の音楽雑誌な為、比較材料として選びました。
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調べていて楽しいのは、『少女フレンド』の「ウィーン少年合唱団ものしり」というコーナーでどんどん増えていく豆知識です。
でも素早く読み進め、メモをしなければいけないので(国会図書館の閲覧室でしか読めない号且つコピー出来ない号ばかりな為)、にやにやしてばかりいられないのが悩ましいです。
あと、メモした自分の文字が後半になるにつれどんどん難解な字になっているのを解読するのが辛いです。

当時のアイドルや少年合唱団のメンバーの住所が顔写真やプロフィールとともに掲載されているのには驚きました…。
私は文通が趣味なので、きっとこの時雑誌を読んでいたら嬉々として手紙を書いていたことでしょう…。




以上が中尾の卒論についてです。

何においても享受する側になることが多い自分が発信する側になれる稀なチャンスなので、やれることはやりきって満足のいく卒論にしたいです!
火がついてからは早いはずなので精一杯頑張ります!



卒論日記1周目の最後は、ボーリングでナイス投球を披露していた原田さんです!




追記:「青きドナウ」の公開年がミスで“1993”になっていました。正しくは“1963”でした。失礼しました。
ご指摘ありがとうございました。
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【第9回】商業施設

Category : 卒論日記
こんばんは!
中西さんに続き本日2回目のブログ担当は、ほりごめです。

中西さんが書いてくれたように
先日国会図書館でばったり彼女と会ったのですが、
あの独特な雰囲気の中でゼミ生に会うとなんだがとても安心します。笑


さて、私の卒論のテーマは
「商業施設と街との関係性にはどのような変化が見られるか」
です。

商業施設というと、近年都市郊外に多く作られている「イオンモール」や「ららぽーと」をイメージされる方が多いと思います。

もちろん今回の論文ではこうした施設も含めて研究しますが、
私がそもそもこの分野に興味を持つきっかけとなったのは
東京都心部に次々と開業する商業施設たちです。

え?また何かできるの?
と思うくらいここ数年はオープンラッシュで、
お出かけ好きな私は新たな情報を聞きつけてはいそいそと足を運んでいました。
そうすると、ここは好きだなーとか、ここはもう来なくていいや…という風に
それぞれの施設によって色んな印象を受けるようになりました。

そして、こうした商業施設のカラーは街の個性とも密接に関係しているのではないかと思い、このテーマで研究してみることにしました。

1章では、東京の商業施設の増加の実態を追います。
現在はエリアごとにいつ何ができたのかを並べていますが、想像以上に数が多いため、
自分の知っているものに加えて信頼できるデータも集めなければいけないと思い、少し(いやかなり)焦っています。

2章では、こうした商業施設の増加によって街の雰囲気はどのように変わったのかを論証します。
90年代と2000年代を比較すると、
街のカラーが大きく変わっているケースが多いことが分かります。
こちらも過去の資料をもっと見る必要があります。


そして、3章からがこの論文の要になります。

現在の東京の街は過去に存在した街ごとの個性や文化的特性が失われ、均質なものとなってしまったと言われています。
近代化が進み、同じような無機質の建物が次々に建てられていく東京に対し
「街が消えてゆく」と批判する声もありました。

しかし私は、ここ数年の商業施設の多様性は東京の街の新たな個性になっているのではないかと考えています。
というのも、近年(特に2010年以降)開業している商業施設には、
昔の景観をよみがえらせる外装や、周囲の景観を守って建てられたものなど、街から浮かずに一体化する工夫がなされているものが多くあります。

また、内容も非常に個性的になってきています。
他との差別化を図るため、その街ならではの企画や展示、初出店のお店、限定物を売り出すお店などが充実しています。

こうした2000年以降の商業施設の特徴を明らかにし、
没個性的と言われる東京の街で新たな文化を創造する役割を担っていることを立証していきたいと思います。


とはいえ、もっと説得力のある論文にしなければいけないので、残りの期間で納得できるところまで調べ、内容をつめていきたいと思います。

今日のゼミでもゼミ生から良いアドバイスをたくさん貰えたので、
それを活かして書き進めていきます!

【第8回】ゲーム実況

Category : 卒論日記
こんにちは、中西です。
本当は昨日が私のブログ更新日だったのですが、完全に今日だと勘違いしていました…

あれ、能動的2年間今日は更新されてないなー?と不思議に思われた方、本当に申し訳ありません!!では改めて私の卒論を紹介したいと思います。


私の卒論テーマは「ゲーム実況はオワコンか」です。


…は??と思われた方、いるかと思います。


まず「ゲーム実況」について説明します。
現在はかなり人気の文化となっているので、多くの方が知っていると思いますが、
ゲーム実況とは「ゲームをプレイしながらプレイヤーが感想や解説を述べること」です。
またその際にプレイしているゲーム画面を録画したものを「実況プレイ動画」と言います。
ニコニコ動画をよく見る人であれば、知らない人はいないジャンルの動画です。

次に「オワコン」という単語についてです。
これは「終わったコンテンツ」の略語で、ネットスラングの一種として使用されます。
「オワコン」は、急激に人気となったコンテンツに対し、そのコンテンツの古参ファンが「もう自分たちが好きだった前のものとは違う」と揶揄するニュアンスが含まれることが多いようです。

現在ゲーム実況は大きな人気を誇っているジャンルですが、その裏ではこのような考えを持っている人がかなり多く存在しているのではないかと推測し、卒論のテーマをこのような形にしました。

私がゲーム実況をテーマにしようと思ったきっかけは、もちろんゲームやゲーム実況を愛好しているからです。ただ、ここ数年間でゲーム実況を見てる年齢層とか性別って変わってきたのかな〜と思うことが多くなりました。かくいう私も見始めたのは2009年とか2010年とか、結構最近ではありますが…。論文にしたら面白そうだなと思ったのは、顔を出さない実況者のコスプレをしてる人をネット上で見かけた時でした。姿が分からないのにコスプレをするのか!!と衝撃を受けました。


この論文において、ゲーム実況はオワコンかという問いに対し

 ①実況プレイ動画の変化
 ②ゲーム実況の公式化
 ③実況者のアイドル化

以上3つの要因から、過去の人気実況者及び視聴者は、現在のゲーム実況のあり方をオワコンと感じている。という仮説を立てています。

 論文の構成は、序論でゲーム実況の概要を説明し、本論で仮説の検証を行います。具体的には①、②、③を検証して、過去と現在ではゲーム実況のあり方が違っているということを証明したいと思います。

 3つの要因の検証の仕方ですが、
①では現存する最古の実況プレイ動画から現在のものまでを見比べて表にします。基本的には、ニコニコ動画の中で「実況プレイ動画」タグがついた動画でデイリーランキングの1位をとったことがある実況者の動画をとりあげています。何をチェックしているかというと、実況者の実況スタイルや、動画の編集に昔と現在で変化が現れるかなどです。これは今必死にやってるところです。

②では、ニコニコ動画やゲーム会社がゲーム実況に関して寛容になってきた流れを追っています。ゲーム実況は、ゲーム会社の著作権を得ずに行われる場合が多く、法律的にちょっとダメなんじゃないのと言われてきました。
でも最近はかなり寛容になっているのでそれをうまく論じていきます。

③ではゲーム実況のイベントレポートを読んだり、実況者のインタビューを読んだりして、実況者のアイドル化現象を論証します。イベント会場に足を運んだり、実況者の方やファンの方など関係者に話をお聞きしたいと考えていますが、ここがまだ実行できておらず焦っています。(メドは立ててはいるんですが…)

個人的にこの論文のカギは③が握っていると考えているのですが、正直に言うと③が一番行き詰まっています。。提出日までに調べ終えることができるのか、論文を書き終えることができるのか、毎日不安で夜も眠れません…。まあ眠れないのは昼寝しすぎてるからなんですが、卒論は必ず書き終えることを誓います!!
とりあえず次の更新日にはさらに良い報告ができるように頑張ります!!(^▽^)

次(というか今日)はこないだ国会図書館で偶然会った、かずなちゃんです!!!

【第7回】ハローキティ

Category : 卒論日記
皆様、こんばんは。
風邪が長引いて、なかなか治らないジョコウです。
くしゃみが止まらなくて、辛いです。
早く治ればいいのに(:_;)

さて、本題に入りましょう!

私の卒論テーマは
「世界中にハローするキティちゃん−その人気の理由は何か」です。

この論文を書くきっかけは、自分はキティちゃんが好きだということです。いつこの子猫に興味を持つようになったか、よく覚えていないですが、小学校の時、叔父さんから香港で買ったキティちゃんのネックレスを頂いた記憶があります。サンリオは香港で設立したのが1994年、計算してみると、自分はハローキティファン歴17年も経ちました。今も、実際にサンリオピューロランドでバイトをしていますので、そこで考察しながら、論文の基礎データを積み重ねたいと思っています。

本論では、なぜハローキティは世界中の人に愛されているのか、そして、人はハローキティに何を求めるのかを明らかにしたいと思います。

本論の直接の先行研究として、アメリカのジャーナリスト、『ニューヨーク・タイムズ』の記者であるケン・ベルソン、と、『ビジネス・ウィーク』の東京支局長であるブライアン・ブレムナーの『巨額を稼ぎ出すハローキティの生態』(『東洋経済新報社』2004年7月)が挙げられます。

この本で、お二人は「キティのおもしろいところは、口もないネコのくせに、世界中の人々を相手に、相手に合わせて語りかけていることである」、「ハローキティは感じが柔らかいし、人を誘う色合いなので老若男女に愛される」、「白、ピンク、赤を実に巧みに配色しているし、ポーズはシンプルだが人を誘うところがあ。ぽかんとした表情や口がないことは安らぎを生み、好きなように感情移入する余地を与える」と述べています。
確かに、昔からずっと口がなく、無表情で、感情移入しやすいキティはたくさんの人の心を掴んだが、最近の赤色を使ったデザインに対するコメントを見ると、「このリボンがかわいいね!」、「やはりキティはピンクが似合うね」、「もっとピンクのキティグッズ作って下さい」とかの声が多かったです。

また、最後の章で、お二人は「ハローキティは消費者に多面的な影響を与えているようだ。個人的で文化的な意味合いを感じとる人々もいる。斜にかまえたり警戒する人もいる。既述のとおりインターネット上にはキティを使ったさまざまなサイトがあり、ポルノや政治思想を売り込んだり、フェミニズムや宗教的主張の種にさえしている。キティのファン層のあいだにさえ、興味深い違いがある。幼女や十代前半の少女にとっては、ハローキティは愛しく安心できる存在だ。三十代に入った日米の母親にとっては、失われた無邪気なころへの郷愁を誘うものだ。ハローキティを、ちょっとイケていて、ジョークのネタになる存在であってほしいと考える者もいる。」と述べています。
ところが、80年代後半、三代目のデザイナーである山口裕子のところに、ある女子高生から「親と友人にキティが子供の物、もう卒業しなさいと言われたが、自分はキティ大好きで、ずっともっていきたいから、高校生向けのデザインと商品を作って下さい」という手紙が届いて、「キティとともに成長してきた人たちに似合うものが必要になってきた」と山口が考え、そして色々な年齢層に好まれるデザインと商品が次々と出てきました。つまり、確かに違う人にとって、キティが違う意味を持っているが、「一緒に成長してきた仲間」も重要なところだと思います。

以上の先行研究を踏まえて、本論では、次のような仮説を立てます。
①ハローキティの売りは無表情や無口だけではない。ピンク色とリボン、その2つの要素がキティグッズに大きな影響を持っています。
②ハローキティはファンにとって、一緒に成長してきた仲間のような存在である。そして、いつも新しいデザインに挑戦するキティちゃんから勇気と自信がもらえます。
この2つの仮設を第一章から第六章まで検証していきたいと思います。

私の卒論は大体こんな感じですね。

必死に資料を集めようと思いますが、やはりグッズのデータを集めるのが一番難しいです。
卒論提出の締切りも迫っているし、限られた時間の中で必要なことがしっかりできるように進みたいと思います。

大好きなキティちゃんのイメージを壊さないように頑張ります!


次は、あかねちゃんです。
宜しくお願いいたします。

【第6回】百合と男性

Category : 卒論日記
こんばんは。本日は後藤です。

まずは私の卒論についての基本事項を列記します。


 一、題:「百合」を読む日本人男性の性意識変化の実例と実証

 「百合」とは:女性同士の精神的に親密な関係性を主題とするマンガ、小説、アニメなどの創作物の総称
  2000年頃にマンガ、アニメなどに対する使用が始まる。(例:国内最大規模の同人誌頒布会であるコミックマーケットでは、2000年の58回のカタログから、突如百合の記述が現れる。)
  (本論では、「百合」の使用以前の作品についても便宜的に「百合」として扱う)

 二、動機:何故、「女性同士」の関係性を描く創作物を好む男性が出現したのか、その出現にどんな意味があるのかについての興味

 三、仮説

  1. 男性→「百合」作品の読み方には、「作中人物への同一化」が存在している(女性との対等な関係性の追究、願望)→「百合」を通した「究極の対」の嗜好

  2. 「百合」の嗜好には「同一化」の他にも複数のタイプが存在する


 四、目的

  1.熊田一雄氏が試論として示した『「百合」を好む男性の出現はアンソニー・ギデンズの示した「男性の感情革命」の一端である』という論の裏付け

  2.男性による「百合」の読み方の分類と傾向把握


 五、調査、実証方法

  ①明治末期~現在まで、各時代毎の「女性同士の親密な関係」を描く作品の代表例を分析(男性作家、女性作家を同数分析):時代ごとの男性視点での描き方の傾向と変化を、女性視点での描き方と比較しながら観察(描き方が近づいているか否か)

  ②コミック百合姫(2004年創刊)の男性読者の増加傾向分析:読み方に関わらず、「百合」を読む男性の母数増加傾向の把握

  ③「百合」を読む男性の現在の傾向分析(mixi、Facebookなどのコミュニティの書き込みを分析対象とする:現在進行形での傾向の把握。実例調査。

   ※分析には熊田氏の論の他、河合隼雄氏が示した性別越境模式図、永山薫氏による「エロスとゆらぎ」の関係性、ラカンの「同一化」等を以って考察する(理解不足は否めません)


以上が基本事項となります。

 この方向性に至った理由の一つは、熊田氏の著作です。
 熊田一雄氏による『男らしさという病?―ポップ・カルチャーの新・男性学』(風媒社 2005)を読み


百合を愛好する男性たちの抱える男性性をめぐる葛藤とは、「対等な対」=親密性への要求と、※ササキバラが論じた一九七〇年代以降も変化しない男性の「一方的に見る」「特権的な立場」、男性の根源的暴力性との葛藤だろう。[熊田p.82] ※ササキバラ・ゴウ

『セラムン』以降の「身近な愛」という百合のメインテーマは、ギデンズの「感情的満足を優先する社会」の基板となりうるものだろう。[熊田p.86]



という論に驚きを覚えました。

※身近な趣味の一つである「百合」に意味があるという事への驚きが、現在の卒論の方向性を決定づけました。

※私の「趣味としての百合」については過去のエントリ『私の持ってる百合(に対する私見・作品)』で気持ち悪いほど語ったので、ここでは省略します。


 しかしながら、現在卒論の執筆・調査は難航しています。これは、情けない事ですが、私の意志の弱さに由来しています。また、その意志の弱さが向く方向も一つではありません。


 まず第一に、自分自身の恣意的な見方で書いていないか、という不安があります。男性の「百合」の読み方には複数あり、仮説のような「同一化」の他にも「第三者として『対等な対』という関係性を愛好する」、「マゾヒスティックな内的女装体験」「擬似的に女性二人の間に入る」、「女性二人を手に入れる」といった読み方(願望)が考えられます。(あくまで仮説です)

しかしこの卒論の目的は熊田氏の論を裏付ける事でもあります。同一化や対等な対の追究があってこそ、感情革命の論を裏付ける事となるため、もし他の読み方(女性を手に入れる、一方的な値踏みの視線)が主流である場合、裏付けは失敗に終わります。

ともすれば調査の結果「男性性に対する葛藤・変化は、存在はするものの広がりを見せていない」という結論に至りかねないです。そのため、無意識にこの結論を避けた恣意的記述が多くならないかという不安があり、(後者の結論に至る事自体も確かに不安であるため)調査に対して中々意欲が湧きません。


 第二に、この卒論の発表が自他共に精神的に傷つく物になるのではないかという不安があります。

本論では「男性」という性と、その変化を考察します。「性」は多かれ少なかれ、人格の中で根幹を成す要素であるため、その根幹に対する考え方・捉え方は、個々人の中で強固な物であると考えられます。

この卒論で一つの「傾向」を発表することは、異論を持つ人々にとって不愉快な物になるとも思われます。主張は目的達成のためにも強固にするべきですが、強めれば強めるほど自他共に精神を擦り減らす事になるのではないかと、考えが堂々巡りになります。


 最後に、本論が「百合」という創作物群その物の印象を悪化させないかという不安があります。

「百合」は、女性同士の精神的な関係性を主題とするため、読む側であっても、「男性」が大々的に関わることに対しては様々な考え方があると思われます。

コミック百合姫の読者層調査でも、調査結果から「百合」と「男性」の関わりを明示する事で嫌悪感を持たれる方や、百合その物に対して考え方を改める方がいらっしゃるのでは、という不安があります。


 大きな不安はありますが、うまく行けば画一的な「男らしさ」、「男性性」、「男性」に対して、(私自身と読まれる方々にとって)考え方が変わる契機になるのでは、と考えているため、何とかして自身を奮い立たせようと努力を続けます。

少なくとも、キチンと発表出来るだけの物を仕上げてみせます。


次は徐さんです。よろしくお願いします。

【第5回】ミュージカル映画

Category : 卒論日記
みなさんこんばんは!

最近、学校の近くの猫と仲良くなって気分が上がっている佐藤です。

寒くなってくると、ふわふわな猫がうらやましくなります。
もふもふ。


さてさて、わたしの研究テーマは、「ミュージカル映画はアメリカらしさを失ったか」です。

そもそもなぜ私がミュージカル映画について研究しようと思ったかというと、

単純に「ミュージカル映画が好きだから」
です。

幼いころから『アニー』やディズニー映画が大好きで、よく歌って踊っていました。

それが現在でも続いていて、何かあるとミュージカル映画を観て元気をもらっています。
歌と踊りがあるだけで嫌な事も忘れてしまいます。

楽しくなれるミュージカル映画を見て、卒論も楽しく書けるはず、まさに一石二鳥!
という安易な考えで、扱うテーマは比較的簡単に決まりました。


色々な年代の作品を見ていると、作品のテイストが変化しているように感じました。

50年代、60年代の作品『雨に唄えば』『メリーポピンズ』などの作品は皆さんも名前は知っていると思います。サクセスストーリーが中心で、それらは夢や希望に溢れて、作品全体が明るいものが多いのです。しかしこの後ミュージカル映画の製作数が激減します。

2000年代に入ると再びミュージカル映画が作られるようになります。様々な作品が作られる中で、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『スウィニー・トッド』のような今までの作品では考えられないようなグロテスクなシーンや悲惨な結末を終える作品も出ています。これらの作品も多くの賞を取っていて、評価されています。

ミュージカル映画といえば歌と踊りで観客をハッピーにさせるものだと思っていた私は軽くカルチャーショックを受けました。

また、ミュージカル映画は「ミュージカル(ブロードウェイ)」と「映画(ハリウッド)」という要素でできています。それぞれアメリカが発祥なので、ミュージカル映画もアメリカ的だということも納得できます。



私は、卒論で、そのような新しい傾向が出てきたのはどうしてか、また、この傾向は「アメリカらしさ」が薄れてきたことを意味するのか、という事を言及していこうと思っています。

今は先行文献(今は主にアメリカ映画について)と作品を同時進行で目を通しているところです。



もともと楽しく進められると思って決めたテーマでしたが、いざ研究対象にしてみると大変だったり・・・


何度も見た事がある作品でも、少し客観的に観てみると、新たな発見や、作品の面白さを感じることもできて、
改めてミュージカル映画の楽しさに気づいてしまったという感じです。


卒論自体はまだまだ、という感じですが、好きなことを研究対象にできるって良いなあ、って思います。

これからも楽しんで取り組んでいきたいと思います!



皆さんも、寒くて外に出たくないっ!
そんな日はミュージカル映画を見てみてはいかがですか?(コメンテーターっぽく。)


次は後藤くん!

熱く語って欲しいです。
よろしくお願いしますっ

【第4回】女の子写真

Category : 卒論日記
こんにちは。
豊島です。卒論頑張るのこぎり!

みんなの卒論のテーマ、着眼点が多彩で面白いですね。

そんな私のテーマは
「90年代にブームとなった女の子写真はその後の作品に影響を与えたか。」です。

卒論のテーマに迷っているとき、アートが好きなので何気なく『現代アート事典』を
読んでいたとき「女の子写真」という用語が目に留まりました。

女の子写真ってなんだろうというと
「90年代に女性写真家が多く誕生した時期があり、
その時、女性写真家により撮影・発表された写真が「女の子写真」と呼ばれた」

(なので、かわいい女の子が写っている写真ではなく、女性がとった写真のことです。)

そして、「「女の子写真」は一過性のムーブメントと考えられた。」
    「「女の子写真」という呼び方には揶揄が含まれている」

というようなことが記述されていました。

それを読んで私は「え?!そうなんだ!」とびっくりしました。
私は、写真が好きで美術館や写真展に行ったりするのですが、女性写真家の写真はよく見るし
90年代に出てきた女性写真家の名前(HIROMIX、蜷川実花、川内倫子など)をみても
聞いたことがある方ばかりでした。

また、辞典に挿入されている「女の子写真」もいい写真だけどな…。と思いました。

ここから、「女の子写真」は本当に揶揄されるものなのかな?という疑問がわきました。

そこで、90年代の「女の子写真」とその後の作品を見ることによって
「女の子写真」が影響を与えたことが証明されれば、揶揄的なとらえ方を
改めることができるのではないかと考え研究しています。


調査対象の写真家は若手写真家の登竜門と呼ばれている
「写真新世紀」「写真ひとつぼ展」(現1‐Wall展)
の受賞者に絞り作品展や写真集、ホームページ、インタビューを見ながら進めています。

「女の子写真」の特徴は、先行研究を参考に、90年代のブーム以前の写真と比較、
また「女の子」写真の中での比較から
○身近なもの・自分の好きなものを被写体に
○セルフポートレートも
○ピント解放でやわらかい感じ
○それぞれの写真家が色に工夫
○ぶれてても、ハレーションが起きてても、赤目でもおっけー。「今」をとることが大切。
○全体ではなく部分をとる
○展示に工夫

などなど。

そして2000年代の写真作品を見ていくと男性写真家でも「女の子写真」の特徴を持つ作品を発表していたり、
これまでの様な写真の中に「女の子写真」の要素を入れている作品があったり。


また、「女の子」写真の特徴に「身近なものを被写体に」し「見る人とも距離の近い作品」
ということで、広告写真の分野にも影響を与えているのではないかなと考えています。
広告は当初大学図書館にあった『TCC広告年鑑』を見ていたのですが、
TCCがコピーライティングに比重を置き、TCCの広告賞受賞のものを載せているので
写真を中心にした『年鑑日本の広告写真』を発見し、90年から見ています。


卒論を書くに当たり、すごく難しいのは視覚イメージを言語化することです…。
女の子写真の特徴のきらきらした感じとか、ポップな感じとかどうやって表現すればしっくりくるか…
難しいです。(ボキャ貧)
先行研究や、展覧会に行った人や、作品集を見た人のレビューを見ては、なるほど!という感じです。

いまはこれまで集めた資料から、2000年以降の写真作品への影響を進めていますが、
まだまだ見ることができていない部分もあるので、ががががががんばります。

次はももちゃん!お願いしますー!

【第3回】漫画とホームレス

Category : 卒論日記
こんばんは 渡島です。 

卒論日記第三回を担当させていただきます。



僕の卒論のテーマは「漫画に描かれるホームレス状態者はホームレス状態者のイメージを作ったか」というものです。※以下、ホームレスは本来「状態」を指す語なので、ホームレスはホームレス状態者と表記します。

仮説は「漫画に描かれるホームレスはホームレスのイメージを作った」というものです。
現時点では間違いないと考えています。

昔から、個人的にホームレス問題に関心があり、ゼミの範疇と何とか絡めようとした結果、このテーマを選択するに至りました。

漫画を読んでいてホームレス状態者の描かれ方って何だか、パターン化されていると感じていました。
同じような外見的特徴を持っていて、同じような性格で、同じようなセリフを使い、同じような場所に登場し、同じような役回りを与えられていると思えたのです。

そして

「あれ? 同じようなイメージで描かれてはいるけど、ホームレス状態者の方ってそんな、皆同じような人間な訳ないよな。同じように描かれてしまうことで起きている影響ってありそうだな。」と考えるに至り、実際のところはどうなのだろうかという好奇心で今まで調査を進めてきました。


実際どうか


調査を進めるうちに一概に同じイメージばかりが焼き直しされているとは言い切れないと思いました。
でも、複数の決まったイメージがあることは間違いないと考えています。



調査を進めるうえで、曲者なのが調査範囲です。どのジャンルの、どの雑誌?または単行本?をどれだけの期間分読むのか。これを固めるのにはとても時間が掛かってしまいました。

結局、9月ごろやっと調査範囲は青年誌10誌1年分(2012年1号~2012年最終号)+ホームレス状態者の登場の確認できる単行本作品約50作品としました。

ここから例のごとく国立国会図書館への行脚が始まりました。

週刊誌だと一日11:00くらいから18:00くらいの滞在時間で大体半年分を読むことができます。
一日ずーといるとナチュラルハイで楽しくなってきます。でもやはり気分転換も必要なわけで。
その方法があれですね。青年誌であるが故の特典、ムフフなページを読むことですね。
ホームレスの登場した作品をメモしていると思ったら、グラビアアイドルの名前をメモしていた時は一旦(しばらく)休憩しました。

ちなみに一昨日は自転車で行ってみました。皇居周りの紅葉が綺麗でした。これからはもっと自転車で行ってみようかと思いました。 



さて、ひたすら雑誌を読み続けるという作業も残すところは週刊ヤングジャンプ半年分を残すのみとなっています。
今、怖いのは調査視点が抜け落ちていないかです。もし読み直しになったら・・・ドラゴンボールの精神と時の部屋が必要です。現状でもあったら使いたいですが。


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ここまで読んできて分かったこと。かつ、ここに書いて興味を持って頂けそうなこと

・想像していたよりホームレスの登場する作品は少ない
1年で発行された全号の中で、週刊誌の場合で平均4号分くらいにしかホームレス状態者が登場しません。しかし、登場しないことにも意味を見出せると信じて調査しています。


・女性ホームレス状態者の描かれ方が男性のそれに比べ、ファンタジー寄り
 「そんなことありえないだろう」というような描かれ方で女性ホームレス状態者が描かれる傾向にあると感じています。漫画に登場する女性ホームレス状態者は男性ホームレス状態者が漫画に描かれる場合に比べファンタジックになっています。

・ヒゲ、長髪、ボウシ 
数少なく描かれるホームレスの外見的特長として、ヒゲ、長髪、ボウシという特徴が多くのホームレス状態者に与えられています。
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単行本作品の調査の方は時代に特に制限を設けず調査を行っているので、時代順に並べて、変遷を探ってみても面白いかなと考えています。


まだまだ、漫画によるイメージと他の媒体によるイメージの比較や、漫画の読み手に対してのイメージ調査など、やりたいことはボリューム満点の星空、きらきら武士なのですが、ブシッと頑張りたいと思います。次の更新担当の際には深まった内容をお伝えしたいと思います。ありがとうございました。




次は豊島さんです。ファイトノコギリ!




【第2回】光モノ。

Category : 卒論日記
こんにちは。今回の担当は石田です。よろしくお願いします。



テーマは卒論についてということですが・・・・・

・・・・・今の私には一番触れて欲しくない話題だったりします。

だって進行状況が芳しくないんだもの。

なんでしょうね。何故忙しい時に限ってやることが増えて更に忙しくなるっていう負の連鎖が続くんでしょうね。そういう時に原因を突き詰めて考えていくと結局いつも自分が悪いという結論に至るんですけど(--;)

今はひたすら空き時間を見つけては国会図書館へ通っています。「図書館に行きたい図書館に行きたい図書館に行きたい図書館に・・・」が口癖です。国会図書館の開館時間の短さを日々嘆いています。もはや図書館に住みたい。



冒頭から気が重いので最後までこの文章を書ききれるか若干不安ですが、とにかく書きます。



まず私の研究テーマについてですが、現時点での卒論のタイトルは「今日のライブ会場等で見られる客席での光モノの使用の起源と普及のきっかけは何か」です。

長いタイトルだと我ながら自覚してます。

タイトルにある「ライブ会場等」というのは特にアイドルやアニソン系のライブやイベントのことを指します。私自身、中高生の頃はジャニーズ系アイドルにどっぷりハマり、彼らのライブにガンガン行ってました。大学に入るちょっと前にアニメに目覚め、上京してからはアニソンや声優さんのライブ、イベントに頻繁に足を運ぶようになりました。

アイドルやアニソン系のイベントに行ったことがある方はよくご存知かと思いますが、ああいったジャンルのイベントの客席の雰囲気ってかなり独特のものがありますよね。コールやヲタ芸など色々要素はあると思うけど、特に特徴的なのは「ペンライト」や「サイリューム」などと呼ばれるもの(私はそれらを総称して「光モノ」と呼ぶことにしてます)の使用だと私は感じています。

アーティストによっては客席での光モノの使用を規制している例もありますが、多くの場合、光モノはイベントでの必須アイテムです。

中高生の頃は「みんなが振ってるから私も振らなきゃ!!」っていう半ば強迫観念があって私もペンライトなどを振っていたんですが、ここ数年アニソン系のライブ等々に行くようになってから「こういう光モノを使った応援ていつから始まったんだろう?」とか、「そもそもサイリュームとかペンライトって何者?何のために生まれたの?メイドインジャパンなのか?」とか色々考え出すようになりました。

で、手始めに光モノの誕生の経緯を調べてみると、光モノというのは電池式で繰り返し使えるタイプとパキっと折って使用する使い捨てタイプのものに大きく二分されますが、どちらも誕生当時は照明器具としての要素が強く、はじめからライブ会場などで使われるために開発されたわけではない、ということがわかりました。

ではいつ、何がきっかけで今日のようなライブやイベントなどのエンタテインメント世界で光モノが使用され出すようになったのか、疑問に思いませんか?思うのは私だけでしょうか(苦笑)

まぁそんな感じでその疑問を卒論のテーマにしてしまいました。

で、今は色々あって1970年代~2000年あたりの芸能雑誌を中心に調査をしています。アイドルのライブレポート的なページと読者投稿欄のページを中心に、1冊1冊チェックしています。ほんと時間かかる・・・。目が痛いです。肩こりもひどいです。
これはおそらくファンの方々の仕業かと思うんですが、調査のために雑誌をパラパラめくってるとアイドルのカラーのページが抜けてるということが多々あります。それがライブに関するページだったりするとブチギレそうになりますが、なんとか怒りを抑えながら作業してます。ページの切り抜きってとぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーー・・・っても迷惑ですね。っていうか犯罪ですよね。カラーコピーで我慢しろ。もしくはヤフオクで競り落とせって言いたくなります。まぁもうなくなってしまったものは仕方ないんですが。そんな感じで調査を進めています。


・・・えーっと、以上が大まかな卒論のテーマの中身と進行状況です。



卒論とはさほど関係ないですが最近は昭和の芸能雑誌を調査しているせいか70年代と80年代のアイドルに目覚めつつあります。帰宅途中にTSUTAYAに寄り、「懐かしのアイドル」的なレンタルCDの棚を漁るのがここ最近のストレス発散法です。ちなみに今は岩崎宏美さんが私の中でかなりのブームです。「ロマンス」って曲を恐ろしくヘビロテしてます。卒論落ち着いたら一人でカラオケに行って昭和アイドルの曲を歌いまくると心に決めてます。昭和のアイドルたちの歌を聴きながら卒論頑張りたいと思います。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

うまくまとまってないなーと思いつつもこのへんでおしまいにします。

次は渡島ゼミ長です。

【第1回】おジャ魔女どれみと。

Category : 卒論日記
こんにちは。
冬が苦手な小林 葵です。

すでにホッカイロが手放せません
ジワジワ汗はかいちゃうんですけど。

_ノ乙(、ン、)_

さてさて、本日からいよいよ
『卒論日記』が始まります!

トップバッターって、何を書いたらいいか悩んでしまいますね。昨年までの先輩方のブログを参考にして書いていきたいと思います。

卒論の現場報告といった感じでしょうか!




私の卒論テーマは
『アニメ おジャ魔女どれみに描かれる魔法の役割とは何だったのか』です。


みなさん、おジャ魔女どれみというアニメはご存知でしょうか。

1999~2003年の約4年間に渡り全4シリーズ続いた、大人気作品です。対象年齢は、小学校低~高学年。小学3年生の主人公・春風どれみを中心に、おジャ魔女(お邪魔な魔女見習い)たちが様々な出来事を解決したり、経験するアニメです。

日曜日の朝は必ず早起きして、どれみちゃん達を観て、お昼から夜まで、魔法の呪文を唱えて遊んでいました。(もちろん友達と。)


卒論のテーマを迷っている頃(一度違うテーマを選んだけどしっくりこなくて)、たまたま『おジャ魔女』の話で友達と盛り上がって、驚くことに魔法の呪文を一字一句、綺麗に覚えていたんですね。思い出す度に興奮して仕方がなくて。

もう一度全部観たい→一体なにがそんなに面白かったんだろう。→えっ深く知りたい!→「そうだ、卒論で書こう。」(そうだ、京都へ行こう。風に)


テーマに至った経緯はこんな感じでした、が、ここから『おジャ魔女』のどこに着眼するかが、なかなか決まりませんでした。


冒頭でお話ししましたが、私のテーマは『おジャ魔女どれみに描かれる魔法の役割』に着眼点を置いて、現在論文を進めています。

一般的に教養としての側面を強く持つアニメだと評価されている『おジャ魔女』ですが、既に言われている"普通の女の子が主人公"、"社会的問題の反映"、"母性の象徴"といった側面からではなく、"なぜ主人公に魔法の力を使わせる必要があったのか"を深く追求し、

◇おジャ魔女どれみに魔法がなくてはならなかった理由
◇他の魔法少女アニメには見られなかった魔法の描写

を明らかにしていこうと考えています。この明らかにする部分については、まだ自分自身納得がいっていません。もっとドーン!と決めたいのですが、試行錯誤四苦八苦しながら、毎日考えております。


実際に今行っていることは、おジャ魔女どれみ全作品を鑑賞するのと並行して、参考文献を読んでいるところです。

今はシリーズ3作品目の半ばなので、もうすぐ観終わるかなといったところです。


私事ながら、つい先日まで1ヶ月フィリピンへ語学留学に行っていたため、非常に遅れをとりました。正直、とてもとても焦っています。フィリピンにいても、英語を考えながら卒論のことを思いだして、寝れない日もありました。本当です。笑


けれど、先生に「観なきゃ何も始まらない」と言われた意味が今すごく分かるんです。

観始めると、自分が想像していた以上に様々な発見があります。そりゃそうなのですが。

例えば、魔法少女アニメなのに、主人公たちが全く魔法を使わない回があるとか。平均魔法使用回数の低さとか。何で魔法使わないんだ!と思ったり、そんな魔法かーい!と思ったり。

こんな発見が多いので、着眼点を魔法にしたことに、とてもやり甲斐を感じています。(時々、白目をむいてますが)

4シリーズも続いた人気番組だったので、シリーズごとのテーマと魔法の在り方も非常に興味深いです。

戦闘要素が皆無と言っていい『おジャ魔女』ですが、シリーズ2作品目では赤ん坊のハナちゃんを守るために、戦う魔法がほとんどを占めていたりします。


一通りみたら、もっともっと考えなければならない。昔どこかでみた、「四角いアタマを丸くする」という行為が本当に必要です。丸くなりたい。


そういえば少し前の授業中に、
「小林さんは頭がファンタジー慣れしてるんですよ」(普通の人が不思議だと感じることを、私は感じなかった。)と先生に言われました。普通の人間の論点をきちんと持って書かなきゃなと思わされた瞬間でした。hehehe


だいぶ卒論から話がずれましたが、
卒論からは逃げませんぞ!えいえいおー!


それでは、
お次は石田さんちのななこちゃん。


ハッピーラッキーみんなにとーどけっ
   *゚゚・*+。
   |   ゚*。
  。∩∧∧  *
  + (・ω・`) *+゚
  *。ヽ  つ*゚*
  ゙・+。*・゚⊃ +゚
   ☆ ∪  。*゚
   ゙・+。*・゚

表面張力であふれなかった自分色(明大祭述懐)

Category : 未分類

こんにちは、4年宮本ゼミの渡島です。
今日はなんとも、どんよりした天気ですね。僕は丼より麺派ですね。


まずは明大祭に来てくれた方、そして僕たちの企画(ラピュタパン・駄菓子喫茶)を楽しんで頂
いた方、本当にありがとうございました。厚く御礼申し上げます。
rapyuta.jpg


皆様のお陰で何とか売り上げもプラスに乗せることが出来ました。


さて、この場をお借りして、明大祭について書きたいと思います。僕がラピュタパンの責任者を務めさせて頂いたので、レポートも僭越ながら僕が書かせて頂きます。
※駄菓子喫茶責任者の湯澤君もすでにレポートを書いてくれているので、そちらもどうぞご覧下さい。
http://miyamoseminar4.blog.fc2.com/blog-entry-58.html

では始めます。



明大祭用に作ったしおりに


「明大祭がやってきました。止まってと、泊まってってと叫んでも時間は前に進んでいきます。
 何が楽しいかなんてやってみないとわからない。結果論でしかない。結果論で楽しかった。
 そう思えるような行事にしましょう。振り返ると情感がふと思い出される、それくらいで丁度好い。」


と書いた けどまさにその通りになった。

今これを書いていてふと思い出されたのは、

テントの中でみんなが調理する様子を後ろから見つつクーラーボックスの開け閉めをしている場面。

それ自体が面白かったとは言えないけど、その時間は心地良かったと思う。


そもそも何で責任者を引き受けたんだっけ? 

それは単純にゼミ長としての建前があったから。

そんな水面を飛ぶイカ並みにギリギリ低空(海?)飛行なモチベーションだったので、

もちろん準備は後手後手に回っていった。




9月某日、最初で最後の試作会を僕の自宅でおこなった。来てくれたのは3年生の湯澤君と西野君の2人。

この日の時点で1個あたりの原価や、全体で掛かるであろう経費さえ出ていなかった。

とりあえず、試作をやってみようということになった。



湯沢君が卵をぶしゃっと握りつぶした。

僕は不安の小人をそっと握りつぶした。手の中で「ひでぶ」と言った。

と思ったら小人はクシャミをこいただけだった。握りつぶせていなかった。



それでも、なんとか、もう一人の責任者であった湯澤君に尻をぶっ叩かれながら準備が進んでいった。

彼の突進力には何度もひっぱってもらった。ありがとう。

例えば、一昨年責任者を務められた水野さんから当時のしおりをもらって来てくれた後の、

前に進もうという気持ち。これがなければもっとテキトーになってしまうところだった。

前述した一昨年の4年生(宮本ゼミ1期生)と3年生(2期生)が明大祭に出店した時の責任者、水野さんはすごい人だった。ほとんどの事を自分でやったそうだ。今年に引き継がれたノートを見ればそれは明らかだった。でも正直、「水野君はああだった、水野君はこうだった」と言われていた時は嬉しくはなかった。俺は水野さんじゃないし、ほとんど知らない人を引き合いに出されても知らない。もちろん2年前、水野さんがきちんとやってくれていたからこその今回だとは分かっていたし、とても感謝しているけれど。

本当は自分が出来てないのが分かるからこそ聞きたくなかった。

あーもっと素直に受け入れられる人間になりたい。





明大祭直前、気持ちの余裕が無くなった。

6限、ゼミの時間にシフトを決める時、黒いもやもやをゼミ生にぶつけてしまった。

一菜ちゃん、ももちゃん、ごめんなさい。

今振り返ると一人では何も出来なかった。結局頼るってことをしなさ過ぎた。

もっと早くから頼っていれば良かった。

副責任も茜が急遽引き受けてくれることになった。感謝してもしきれない。

本当に助かりました。ありがとう。当日も大活躍だったね。




月日はあっという間に流れて明大祭期間(10月31日~11月4日)に入った。

準備日(10月31日)にはクーラーボックスがレンタル出来ていないというハプニングも発生した。

でもミスは起きるものだし、起きてしまったらどうにかするしかない。どうにもならない場合はしょうがない。

今回はどうにかなった。

次の日、皆が重たい思いをして自宅のクーラーボックス、保冷材を持ってきてくれたから。

ありがとうございました。



備品装飾のために上った学生会館の屋上から伸びる螺旋階段は大学生活みたいだった。

同じ景色をぐるぐるぐるぐる見て気付いたら上っていた。

ずっと終わらない気がしていたのに、突然終わりがみえてしまった。なんだか悲しかった。



遠くが見渡せるようになってしまった。




翌日の営業日からの3日間はセットで記憶されている。どの出来事がどの日に起きたのか良く分からない。

それくらい密度の濃い3日間だった。

トッピングの種類でハニーマスタードが知らない間に生まれていた。

男子だけでは生まれない発想に舌を巻いた。

女子はどれ位重要なパワーなのか?女子にキャッチされて買って行く男子が何人もいた。




今だから懺悔するが、

僕は宣伝に行ったついでに型抜きをやったりしていた。ごめんなさい。


それに



本当は杉原杏璃も見に行・・・きたかった。こっちは何とか誘惑に勝つことが出来た。



 
三日目の買出しではちょっとしたハプニングが発生した。

朝、仕入先に行くと卵が一個もなかった。OMG(oh my god)ならぬTMG(tamago)だ。

卵の置いてあるはずの棚を見たとき、漫画でよくある、そこにあったものが無くなっている時に使われる演出

(点線で半透明に囲まれる効果)が起きた。

tamago.jpg

結局は近くのチェーン店で買うことが出来たので良かったけれど。




この明大祭で特に良かったこと。

それは3、4年の仲が良くなったことだと思う。

3年生と4年生はちょっと(全然)雰囲気が違う。


3年生は良い意味で団結力がある。4年生は全体的にサバサバしている。


普段はあまり交流する機会がないけど明大祭を通して交流が生まれた。

今後も、期間はあまり長くないけれど良い関係でいられたら嬉しい。






最後に

このゼミで明大祭に参加できて本当に良かった。

それとなく参加を勧めてくれた先生本当にありがとうございました。

そして、ゼミ生のみんな、ありがとうと言うのも何だか上からの様で嫌だけれど、やっぱりありがとう。

みんながいたからこその明大祭でした。

みんなにとっても楽しいひと時だったならば嬉しいです。

3年生は来年もっともっと良い企画にして下さい。期待しています。

そして他にも協力してくれた沢山の方々、ありがとうございました。







毎年毎年繰り返されている(なんと129回も!)大きな行事の小さな一コマだったけれど、

個人のレベルに下げればしっかり脳みその引き出しに入った個別の忘れがたい出来事になった。

悔いは沢山あるけど、やって良かったとは心から思う。



明大祭は終わった。


次に何をやるか? まあ卒論だ。



以上です。ありがとうございました。
近々、ゼミ生の卒論日記が始まるので楽しみにしていて下さい。
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