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人生で一番○○だったこと ~地獄の10分間~

Category : 「人生で一番○○だったこと」
こんばんは!ほりごめです。

まず初めに、前回のゼミ長のエントリーをまだ読んでいない方はぜひ読んで下さい!
面白すぎるので…笑

あんなに面白いシュールなお話は書けないのですが、私も中高時代の部活について書かせていただきます!

中高6年間、私はダンス部に所属していました。

ダンスといってもノリノリで楽しむものではなく、
テーマを決めて作品を一から創り、競技として全国大会や発表会に出場するものでした。

とにかく練習が厳しい&先生やコーチがこわく、朝起きて
はい…今日も部活…
と認識した瞬間の逃げ出したい気持ち、今でも覚えています。

そんな部活での経験から、今日は
人生で1番苦しかった10分間
について書きたいと思います。

大会や発表会に向けての練習では、作品を創り終わると 「踊り込み」という段階に入ります。
本番と同じ広さで踊りながら練習を重ねるものです。

そして大会直前になると、最後の練習メニュー「二本通し」が始まります。
これは単純に同じ作品(5分程度)を二回連続で踊るものなのですが、これが

地獄の10分間

なのです。


言葉ではあまり伝わらないと思いますが、要は10分間休みなしで全力で走ったり飛んだり回ったり転がったりを繰り返すってことです。
(創作ダンスは床技もリフトもあるのです。)

想像して下さい!

一本踊るだけでも体力の限界なのですが、それが2回となると…もう!!
(言葉で伝えるの難しい)

もちろんただ踊れば良いのではなく、感情移入もし、注意すべき点を考えながら踊る必要があります。

その上、2本目のために体力を残すべく1本目を手抜きで踊ろうものなら
先生&コーチからの激が飛んで来ます。

そんな「二本通し」を乗り越えるためには普段からの体力作りももちろんですが、
何より気持ちを強く持たなければやっていけませんでした。

部員みんなで
「80年の人生の中のたった10分だよ。超一瞬じゃん!!!!
何が二本通しだよ!!!」
と言い合いながら臨んでいました。

最初のポーズをとってから曲が始まるまでの数秒間で、緊張と恐ろしさと不安と興奮が押し寄せてきて、消えたくなります。

でも、当たり前ですが必ず10分間は終わります。
良かった…私生きてる…
と毎回思っていました。

これだけ書くとマイナスイメージしかありませんが、二本通しはとても意味のある練習メニューでした。

たった一度きりの本番、それも5分間の舞台を完璧なものにするためには、
「ぎりぎり踊り切れる体力」
ではダメで、
余裕を持って踊れてこそ、表情や指先にまで神経を張ることができ、より質の高い作品になるのです。

これってダンスに限ったことではなく、色んなことに言えますよね!
本番だけ奇跡が起こるなんてことは珍しく、何事も準備の段階で120%の力を注ぐことで、本番がより確実なものになるのかなと思います。

実際に私の部活は関東に限った大会ではほぼ毎回入賞しており、全国大会でも一度だけ入賞できました。

その時の写真がこちら!



怖い写真でごめんなさい。

照明が暗いので分かりづらいのですが、『ムンクの叫び』をテーマにしたものです。


とにかく、「二本通し」の10分間は今までの人生の中で1番苦しくて、濃いものでした。
どんなに辛いことも、恐怖の10分間を思い出すとへっちゃらです。

ということで、
「人生で一番辛かったこと」
について書かせていただきました!

最後まで読んでいただきありがとうございました!
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人生で一番○○だったこと~??~ 

Category : 「人生で一番○○だったこと」
こんにちわ ワタシマです。 

藤本さん、ゆらゆらと漂ってきたバトンきっちり受け取りました。 
なんとクラゲが一般家庭で飼えるとは! 知りませんでした。 
高校生の時学校の駐輪場に 「く くらげが おるぞ!!」 となって 「なぬ!?」とダッシュで駆けつけたところ、水を吸ってばるんばるんになった湿布だったことを思い出しました。思い出させてくれてありがとう。


さて、今回のテーマは人生で一番○○だったこと。 

ずばり  

いきま・・・せん! 


ちょっと趣向を変えて今回は○○の中に何が入るか考えつつ読み進めてみませんか?

え? いやだ?いけず! お願いします!



では、始めます。








僕は鏡の前で一人静かにゆっくりと目を閉じた。
なぜこんなことになってしまったのか。 
まるでほとんど食べられ、わずか二、三粒だけ残ったトウモロコシ。あるいは1円単位で残ったパスモの残高。わずか数時間前にはトウモロコシには粒が揃っていた。パスモには十分なお金が入っていた。それなのに。


高校二年生の夏(それは暑い夏だった)、僕は硬式テニス部の合宿に来ていた(今でもあの極限まで薄められたポカリスットのかすかな甘さは思い出せる)。

そしてその日の練習で僕は審判を任されていた。





ジーコジーコジーコ パコーン ミーンミンミンミンミーン スコーン・・・     パスッ



「ネット・・・ラブ(0)ーサーティ(30)」
(テニスではスコアを、ラブ(0)-フィフティーン(15)、 フィフティーン(15)-サーティ(30)のように表す)


『またネットか。何でよりによってこんな暑い中、審判をしなくちゃいけないんだ。
せめて少しでも動けるなら気もまぎれるのに。椅子に座り通しじゃあ、かなわない』

僕はそんなふうに考えながら怠惰に審判をしていた。

ジーコジーコジーコ パコーン ザー スコーン バシン・・・
ボールはコート脇の茂みにバウンドせず弧を描いて入っていった(まるでボールまで暑さから逃げたがっているみたいだ)。



「アウト・・・・・フィフティーン(15)ーサーティ(30)」


『早く終わらないものかな。しかしこんなに風が強い中、試合をしなくてはならない二人も気の毒だ。ここはクレイ(土)コートだから特に土ぼこりが酷い。体中が、顔中がザラつく。』

鼻の頭を指で擦ってみると指先が真っ黒になった。嫌になる。



パコーン スコーン ザシッ ダダダッ パコン


今度のラリーは長い



さわさわ・・・ぐい・・・ 
te.jpg



ダダダッ スパン ビシッ
ラケットを離れたボールはコートの右隅に見事に決まった。



『・・・おっと、いくら暑いからといって審判をしないわけにいかない。』

さわさわ・・・ぐい・・・
te B


「エース(ノータッチで相手コートに入れること)・・・フィフティーン(15)-フォーティ(40)」

試合は終わりに近い。ボールは勝利を目前にした側のラケットを慎重に離れ、絶対に負けまいとする側のラケットに向かい、戻る。それが何度か繰り替えされた。

パコン ダダッ スパン ザザー パシン パコン 


さわさわ・・・ぐい・・・
te3.jpg



『どっちも粘る。まだこの試合は終わらないかもしれない』

バシン

僕の予想とは裏腹に、試合は負けまいとする側が負けまいとするがゆえに放った慎重だが甘いコースを、勝者が叩くことであっさりと終わった。


「アウト・・・ゲームセット。二人ともお疲れ。良い試合だったね。最後のラリーは見ものだったよ。」
「ありがとう。・・・あれ、どうしたんだい? 君の顔なんだか違って見えるよ」
「そうだね。なんというか・・・君、薄いよ」
「そうかい。審判している間は水分を取らなかったから、顔色が悪いのかな。」
「いや、そういうのじゃなくて なぁ?」
「うん・・・まあ、後で宿舎に帰ったら鏡を見てみなよ」
「ああ」

そんな会話を交わし、例のポカリを少し飲んでから僕は練習に戻った。
心なしか、その後の練習ではみんな僕と話す時に、いつもより目を合わせてくれないような気がした。だがボールを追っているうちに忘れてしまった。


なぜかその日はいつもより風が涼しく(直に当たるように)感じられた。


練習終了後、15分程山道を歩いて宿舎に戻ってきた。靴を脱ぐと砂があふれ、あらためて体中が砂まみれだということに気付いた。早く汚れを洗い流したい。特に顔はまるで砂でパックをしたみたいにザラザラしていた。

『せめて、先に顔だけでも洗ってしまおう』

そう思い、ヒリヒリする鼻をさすりながら『やっぱり男は日に焼けていた方がもてるのかな』などと考えながら洗面所に向かった。






鏡を見る。

maro2.jpg




まろがいる。

いやそんなはずはない。まろがテニス部の合宿にいるはずがない。そこに映るのは単に日焼けした渡島隆弘のはずだ。

もう一度鏡を見る。
maro2.jpg

やっぱり

まろだ。

・・・サッ 手を上げてみる。 サッ まろも手を上げた。


もう認めるしかない。そこに映っているのは僕だ。そしてまろだ。


つまり


僕はまろだ。


なぜこんなことになってしまったのか。原因は明らかだ。
審判をしている間のさわさわ・・・ぐいだ・・・。 te.jpg


僕は何も考えず、審判をしている間中まゆ毛を抜き続けていたのだ。
いまさら遅いが、こんなにもまゆ毛は少なかったのか。
絶望する以外僕に道は残されていなかった。静かにゆっくりと目を閉じる。もう精も根も、いや毛根尽き果てた。



と思われたその時、一人の女子部員がやってきた。
そして彼女は静かに「これ、貸してあげるよ」と言った。
彼女がそっと渡してくれたのはアイペンシル(眉を書くペンシル)。

とにかく有り難かった。

おかげで僕はその後の合宿を完璧なまゆ毛で過ごすことができた。

そんなまろの風上にも置けなかった話

 



はい。というわけで正解は人生で一番まろだったころの話でした。

ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

今振り返るとどうしようもないアホだなと思います。


皆さんもテニスの審判をしている時にまゆ毛を抜いては駄目ですよ。止まりませんよ。気をつけましょう。

もし、答えをオチの前に分かっていた人がいたら、もれなく僕が書いたボツまろの絵をプレゼントします。言ってね。


そもそも まろ がどういうものか分からない人いたら、すいませんでした。
そんな方は おじゃる丸 を思い出して(検索してみて)ください。 
おじゃる丸のまゆ毛のようなまゆ毛がまろです。


次は堀込の一菜さんです。よろしくお願いします。



人生で一番○○だったこと

Category : 「人生で一番○○だったこと」
最近、あらたに学生団体に入って学生最後の1年間をどうにか刺激的な1年間にしようとたくらんでいる藤本です。
毎日手帳とにらめっこしながらなんとか毎日をこなしていく所存でございます。

そんなわけで今回のテーマである、人生で一番○○だったこと。
人生で一番大変だったことは、合宿に参加できなかった代わりに夏の出来事としてすでにブログに投稿してしまったし(夏の舞台稽古の話)、人生で一番恥ずかしかったことは、さすがにここで公にすることはできない内容しか思いつかず、、、

というわけで、私は 人生で一番”不思議な生き物と暮らしていた時のこと”を書こうと思います。

いつごろだったかは忘れてしまったが、そいつは私が小学高学年の時にやってきた。

離れて暮らしていた父親からいきなり送られてきたのだ。

しかも宅配便で。

食べるわけにもいかず、送り返すわけにもいかない。
その日から藤本家の一員になったクラゲ。

28b3d31e_1299243440604.jpg

(イメージ図)
これが案外 かわいいのである。

水クラゲ

二匹。

名前をつけたものの、二匹の見た目の違いがわからず両方ともクララになる。

クララは非常に世話のかかる子だった。

ごはんは一日2回。スポイトで口(と思われるところ)にむかってごはんを噴射する。すると透明な体でごはんを吸収していく。水槽をなるべく汚さないために、ごはんは残さないようにきちんと適量あげなくてはならないのだ。
 クララ二匹のうちどちらにあげてどちらにあげてないかわからなくなることも多々・・・

ちなみに当時はよくわからずペットショップで購入していたクラゲ用の餌。調べてみると、ブラインシュリンプという、世界各地の塩水湖に生息する小型の甲殻類だった。条件によって乾燥に耐え、長期に渡って休眠する乾燥耐久卵を産む。これを28℃前後の塩水につけて孵化させて食べさせていたようだ。写真を載せようと検索してみたものの、画像コピーのクリックが憚られるような姿をしていたので 気になった方はぜひ「ブラインシュリンプ」で検索してみて下さい。笑

クララが見やすいように大きめの水槽を買い、中には塩をいれ人工海水を作る。
この人工海水は、汚れてしまうたびに綺麗な水にとりかえなくてはならない。

クララたちはその日の気分で動きが変わったり、気持ちが伝わってくるような浮遊のしかたをする!

なんてことはほとんどなかったが、見ているだけでなぜか心がおだやかになる。

水槽内を自由にぷかぷか浮いている姿。

餌をむしゃむしゃする姿。

家の電気を消して懐中電灯で照らした時の輝き。(さぞまぶしかっただろうに、、)


そんなクララたち、なんだか最近 小さくなっていないか、、、。
いや気のせいか、と観察を続けてみる。
いや やっぱり小さくなっている!!

ある日を境にだんだんと体が小さくなっているのだ。
海水の濃度を間違えて溶けてしまったのか、餌が少なくておなかがすいているのか、
と色々なことをあたってみたものの、違いは見つからない。

どうにもこうにも手がつけられないまま、ついにクララは目に見るのもやっとの大きさになってしまいました。
餌をあげようにも もはやどこが口なのかわからない。
(今まで口と思っていたところが本当に口だったのかはわからない笑)
とりあえず適当にスポイトで餌を噴射してみるものの反応なし。

クララ 消えていなくなる。

ついに水に溶けていなくなってしまった。
命の水。

クラゲってこんな亡くなり方をするんだと、
クララがいなくなってしまった寂しさとともに、その命の終わり方の神秘さを感じた。

ちなみにその命のお水は、その時 育てていたプチトマトの水やりに使いました。


そんな人生で一番 不思議な生き物と暮らしていたお話でした!

クラゲ、心が静まるので いらいらした時にはみなさんもぜひ飼ってみてください!笑


次は我らがゼミ長 わたしまくんです

人生で一番○○だったこと~ rent a car~

Category : 「人生で一番○○だったこと」
お久しぶりです。最近サラミ?カルパス?にややはまっているかなまるです。
二つの違いが全くわかりません。なので僕はサラミで統一しています。とはいえ知らないままではむずむずするので一応調べてみるとサラミはイタリア語でカルパスはロシア語が原義みたいです。一つ勉強になりました。

さてでは本題!ででん

人生で一番○○だったことシリーズ
今回は
『人生で一番「無計画」だったこと』にします。
時は大学二年の夏休み
八月にようやく車の免許をとった僕はとにかく車でどっかに行きたい
そう考えていた折、
幸いにも高校時代のバスケ部の暇な友人二人を捕まえ、翌月レンタカーにて旅行をすることになりました。
期間は3泊4日で東北に行こうという話になり、基本的に無計画でとにかく車を走らせてどこか気になったらそこに行こう
泊まる場所を探すのもギリギリになってからという適当っぷりでした。

で、このブログを書いていて痛切に感じたこと


写真がない

……

以前にもブログで書いたとおり僕は写真をほとんど取らないんです。ブログを書くために写真を探してもほとんどとってないため僕の鳥頭から少ない記憶を辿るハメに…ルーチョとか豊島さんみたいにいろいろ撮っておけばよかったなぁ。
過程としては


車で移動


岩手に行って平泉にて中尊寺金色堂をみる


車で移動


宮城の松島で鳥と触れ合う(実際は傍でボーッと見ていただけ)


車で移動



などなど

うーん
あれ?こうやって書くと全然楽しくなさそう…
いやいやそんなはずは!!
まぁ実際のところ
旅行って言ってもほとんどドライブみたいな形になってしまったんですよね 笑
結局3日間で1000と数百キロほど運転していました。
どこへ行ったとかいうよりも道中楽しんだというかゴニョゴニョ…(言い訳タイム)

このまま終わっては全く締まらないので個人的にとても楽しかった場所を紹介します。
岩手県にある「龍泉洞」っていう鍾乳洞です。
「日本三大鍾乳洞」「龍」とかもうそんなキーワード聞かされてしまったら中二心をくすぐりまくられた僕たちはすぐさま向かいました。
up2.jpg

とても大きくて広くてすごいと思いました(小学生並みの語彙力)
ここはさすがに写真に撮ってしまいました。スマホですけど。
中はライトアップされていて、夏なのに洞窟内は気温が一桁でした。いやあ寒い。
up3.jpg
up4.jpg
同じ場所でもライトの色でかなり変わります。
up1.jpg
水が綺麗
up5.jpg
高い。怖い。


洞窟って憧れますよね。。。ポケモンとか出てきそうな感じでしたほんとに。

あとちょっと気になる文章があったのでついでに


最近では、同じ岩泉町内の安家洞が日本で最長の洞窟であると騒がれているため、龍泉洞はそれほど注目されていないが、その美しさゆえにデート・スポットとして、関東や近隣の都市から自動車で多くの男女がやってくる。(wikipediaより)

その美しさゆえにデート・スポットとして、関東や近隣の都市から自動車で多くの男女がやってくる。

ほほう…これはこれは
ということらしいんでここはデートに使いましょう ニッコリ


終始グダグダな旅行になりましたが、行き当たりばったり旅行というのもやってみたら楽しかったです( ̄ー ̄)


次は藤本さんです
よろしくお願いしま~~す!!(・∀・)

人生で一番○○だったこと~びしょびしょ~

Category : 「人生で一番○○だったこと」
こんにちは。G.Wを機に早起きができるようになった豊島です。


というのも、ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポンというクラッシック音楽のイベントで
ボランティアスタッフをしたのですが、朝番だったために9時に国際フォーラム集合。
7時半に電車に乗らないといけなかったのです。
五月病なんてなんのその。


さて、今回のブログのお題は人生で一番○○だったこと。


今までで一番びしょびしょになったことを話します!

土砂降りの日に傘を忘れたことではないです!
(最近ゲリラ豪雨多いけれども!)


では何かというと、
タイのソンクラン(通称 水かけ祭り)!!!


ソンクランって何?っていうと
もともとはタイのお正月(4月)に行われていた行事のようです。
行ったくせに詳しいことは知らなかったので、調べてみました。


「本来は、新年に仏像に水をかけてほこりを落とし清めるという儀式でした。水を掛けることは「お清め」の意味を持っていますので、若い人たちは、目上の人や両親に対して尊敬の念を表し、「サワッディー・ピー・マイ」(新年明けましておめでとうございます)と言いながら、手のひらによい香りのする水を注いでいました。

それがいつしか、盛り上がるのが大好きなタイ人気質も手伝って、町の沿道などで道行く人々にバケツや水鉄砲で水を掛け合う、まさに「お祭り」騒ぎの行事に発展していったのです。今では、家庭の中や寺院などの一部で昔ながらの神聖な儀式が行われていますが、一歩街に出ると誰から構わずとにかく水を掛け合っています。」

(Allabout http://allabout.co.jp/gm/gc/67309/ より。)


ふむふむ。
もともとは仏像に水をかける儀式だったのね。


私はこのお祭りに大学2年生の時に行きました。
水かけ祭りを舐めていて、携帯、カメラをビニールに入れただけにしていたので壊れました。笑

なので参考画像少なくてすみません。
かろうじて残っているものを・・・。


街中で、誰構わず水をかけまくり
sonnkurann.jpg



消防車からの放水もあります。

これが痛い!水圧が。
ソンクラン


トゥクトゥクに乗っていても、道にいる人から放水されます。
なので乗っていても攻撃しました。

もう、どこでも!笑

無礼講という言葉がぴったりのお祭りでした。
ちなみに私は水鉄砲を手に参戦したのですが終始きゃーきゃー言ってるだけでした。
みんな狙撃上手すぎ!笑


我こそは!って人、お祭り騒ぎしたい人、びしょびしょになりたい人は行ってみてください(^^)
おすすめです。笑

ほい、じゃあ次は金丸氏!かな。
よろしくお願いします。
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